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犬では、高齢になるにつれて心臓の弁に異常が生じることがあります。特に小型犬では、僧帽弁がうまく閉じなくなる「僧帽弁閉鎖不全症」が比較的よくみられます。
病気が進行すると、心臓から肺へ血液がうっ滞し、肺に水がたまってしまう「心原性肺水腫」を起こす場合があります。肺水腫は呼吸困難を引き起こすことがあり、迅速な診断と治療が必要となる緊急疾患です。
今回は、自宅でのシャンプー後に突然倒れ、その後強い呼吸困難を呈した高齢犬に対し、救急対応としてまず呼吸状態の安定化を優先し、その後に心臓の精査を行った症例をご紹介します。
13歳のチワワが、自宅でのシャンプー後に突然倒れ、尿失禁をしてしまったとのことで来院しました。
その後も咳が多く、呼吸が常に荒い状態が続いていました。また、横になって休むことができず、立ったまま過ごしている状態がみられました。
倒れたという症状からは、心臓だけでなく神経疾患や呼吸器疾患なども考える必要があります。しかし、来院時の呼吸状態が明らかに悪かったため、まずは生命に直結する呼吸器と循環器の状態の評価と安定化を優先することにしました。
身体検査では、呼吸促迫が認められ、左胸壁を最強点とするLevine 3/6の心雑音が聴取されました。また、肺野からは湿性ラッセル音が確認されました。
呼吸状態と聴診所見から肺水腫が疑われたため、胸部レントゲン検査を実施しました。

写真:胸部X線写真(治療前)
レントゲン検査では、重度の心拡大、気管の挙上が確認され、さらに肺野にはエアーブロンコグラムを伴う肺胞パターンが認められました。これらの所見を総合すると、心臓の異常に伴って肺に水が貯留している可能性が高いと判断しました。
この段階では緊急性が高いと判断し、続けて心臓の詳細な検査を長時間行うことよりも、呼吸状態をまず改善させることを優先させることにしました。
胸部レントゲン検査の結果と身体検査所見から、心原性肺水腫と診断しました。
僧帽弁閉鎖不全症などの心疾患では、肺水腫が発生すると急激に呼吸状態が悪化することがあります。そのため、まず酸素化と肺水腫の改善を図り、状態が安定してから原因となっている心疾患を詳しく評価する方針としました。
当院の酸素室に入れて酸素化を行い、呼吸状態の安定化を優先しました。状態が落ち着いた段階で静脈路を確保し、利尿薬や強心薬などを用いた治療を先行しました。
心原性肺水腫では、まず肺にたまった過剰な水分を減らすことに加え、心臓のポンプ機能や血行動態を改善することが重要です。
酸素室での管理により呼吸状態が比較的安定したため、翌日に心エコー図検査を実施しました。
心エコー検査では、下の図のように僧帽弁から血液が左心房へ逆流していることが確認されました。また、逆流による負担を受けて左心房と左心室が拡大していました。僧帽弁は血液が逆方向へ戻らないようにする「弁」の役割をしていますが、この弁がうまく閉じなくなると血液の一部が逆流し、徐々に心臓へ負担がかかります。今回の検査では、この変化が明らかに認められました。さらに、来院時の胸部X線検査で肺水腫が確認されていたことから、今回は僧帽弁粘液腫様変性による心不全と診断しました。

写真:心エコー図検査【詳細な解説】
左房径は25.9mm、Ao径11.5mmで、LA/Aoは2.25でした。犬ではLA/Ao 1.6以上を左心房拡大の指標とすることが多く、本症例では明らかな左心房拡大が認められます。これは、慢性的な僧帽弁逆流による左心房への容量負荷を反映した所見です。
左室については、LVIDd 27.6mm、LVIDs 10.5mm、FS 62.0%、EF 91.9%でした。先行した治療の影響もありますが、左室収縮機能は保たれており、むしろ僧帽弁逆流に伴う容量負荷により、収縮時の左室内腔が小さくなるhyperdynamicな状態が示唆されます。また、本症例では体重補正左室拡張末期径(LVIDDN)も1.7を超えており、左室拡大も確認されています。
カラードプラでは明瞭な僧帽弁逆流を認め、連続波ドプラでは逆流速度約4.0m/sが測定されています。これは簡易ベルヌーイ式から約64mmHgの圧較差に相当し、明瞭なMR jetを支持する所見です。(ただし、MR jet velocityそのものは逆流量や僧帽弁逆流の重症度を直接評価する指標ではなく、左房・左室のリモデリングや臨床症状、胸部X線所見などと併せて評価する必要があります。)
また、僧帽弁流入血流ではE波が約130cm/sと高値であり、左房圧上昇を示唆する所見として臨床経過と整合します。(ただし、E波単独で左房圧を判断することは適切ではなく、前負荷、心拍数、薬剤、左室拡張機能などの影響を考慮する必要があります。)
本例では、心エコー上の明らかなMR、LA/Ao 2.25、LVIDDN >1.7という左心系リモデリングに加え、来院時に呼吸困難と肺水腫を認め、利尿薬を中心とした初期治療に反応したことから、僧帽弁粘液腫様変性(MMVD)を基礎疾患とする心原性肺水腫を伴ううっ血性心不全と判断しました。

写真:心原生肺水腫のメカニズムのしくみ(講談社:イラストでみる犬の病気 より引用)
治療開始後、呼吸状態は急速に安定し、食欲も回復しました。
翌日には酸素室から離脱できるまで改善し、胸部レントゲン検査でも肺水腫を示していた所見が大きく改善していることを確認しました。

写真:胸部X線写真(治療後)
全身状態が安定したため通院による治療に切り替え、その後は心臓の状態を定期的に確認しながら、必要な内服薬を継続することとしました。
現在も病状の悪化を防ぐため継続的な管理が必要ですが、呼吸状態や食欲は安定し、日常生活を送ることができています。
今回の症例で重要なポイントは、来院時に認められた呼吸困難、心雑音、肺の聴診所見から緊急性の判断をしたことです。
特に、重度の呼吸困難を呈している動物では、原因を詳しく調べることも重要ですが、検査そのものが状態を悪化させる可能性があります。そのため、初期診療では何が原因なのかをすべて明らかにすることよりも、今まさに命を脅かしている問題は何かを判断し、必要な処置を開始することが優先されます。
本症例では、身体検査と胸部レントゲン検査によって肺水腫を疑う根拠を得た段階で、酸素化と循環管理を開始しました。その後、呼吸状態が改善してから心エコー検査を行ったことで、僧帽弁逆流の重症度や心臓の構造・機能をより詳細に評価することができました。
また、肺水腫を一度発症した犬では、今後も再発する可能性があるため、症状が改善した後も治療を継続し、定期的な検診によって心臓の状態や血圧、腎機能などを確認していくことが大切です。
僧帽弁閉鎖不全症は、長期間ほとんど症状を示さずに進行することもあります。一方で、進行すると咳や呼吸数の増加、運動不耐性、失神、呼吸困難などがみられる場合があります。
以前から心雑音がある、咳が増えた、散歩ですぐ疲れるなどの変化がある場合には、心臓の状態を一度確認することをおすすめします。
横浜旭どうぶつ医療センターでは、緊急時の対応から循環器疾患の評価、長期的な治療管理まで一連の診療を行っています。
突然倒れる原因は心臓病だけではなく、神経疾患、呼吸器疾患、血圧異常などさまざまです。特に呼吸が苦しそうな場合は緊急性が高いことがあるため、早めの診察が必要です。
咳、呼吸が速い、呼吸が苦しそう、横になれない、ぐったりするなどの症状がみられる場合があります。重症になると、舌や歯肉にチアノーゼによる青紫色に変化する変化がみられることもあります。
僧帽弁そのものの変化を内服薬だけで元に戻すことは難しい一方、薬によって心臓への負担や肺水腫などの症状をコントロールできる場合があります。状態に応じた継続的な管理が重要です。
心臓病は、症状がほとんどない段階でも進行している場合があります。心雑音を指摘された犬では、定期的な胸部レントゲン検査や心エコー検査などによって状態を確認することが役立ちます。
呼吸困難は緊急性の高い症状です。特に安静にしていても呼吸が速い、横になれない、舌や歯肉の色がおかしい、突然倒れたなどの場合は、できるだけ早く動物病院を受診することをおすすめします。