咳の原因を追究した結果、特発性炎症性腸疾患が見つかったミニチュアダックスの一例

■はじめに

「咳が出る」という症状があると、肺や気管など呼吸器の病気をまず考えるのが一般的です。しかし、嘔吐や食道機能の異常などをきっかけとして呼吸器症状につながることがあります。

今回は、咳を主訴として来院したミニチュアダックスに対し、肺炎の原因を追究する過程で消化管疾患が明らかになった症例をご紹介します。

■来院経緯

11歳のミニチュアダックスが、数日前から頻繁に咳をするようになったことを主訴に横浜旭どうぶつ医療センターを受診しました。

詳しくお話を伺うと、咳が始まる数日前から吐き気もみられていたとのことでした。咳と吐き気が時間的に関連していたことから、単純な呼吸器疾患だけではなく、嘔吐物などの誤嚥によって肺炎を起こしている可能性も考えました。

身体検査では努力性の呼吸がみられ、聴診では肺音に異常が認められました。呼吸状態からも肺炎を疑う状況であり、まず胸部画像検査と血液検査を行いました。

■検査所見

胸部X線検査では、肺の広範囲に肺炎を疑う陰影が確認されました。また、食道が拡張していることも明らかになりました。

写真:胸部X線写真 赤▼は食道の拡張、青▼は肺炎を示す

血液検査では、総蛋白4.6 g/dL、アルブミン2.0 g/dLと低値を示していました。炎症マーカーも2.2と上昇していました。一方、膵特異的酵素や血中甲状腺ホルモン濃度には明らかな異常が認められませんでした。

さらに腹部超音波検査と尿検査を実施したところ、胃および十二指腸の運動が非常に緩慢でした。一方で尿検査において尿中たんぱく質濃度の有意な上昇は見られませんでした。

ここで重要だったのが、肺炎だけでは説明しきれない「低蛋白・低アルブミン」という所見です。アルブミン低下には、腎臓からの蛋白喪失、肝臓での産生低下、炎症に伴う変化、消化管からの蛋白喪失など、さまざまな原因があります。そのため、消化管疾患が単なる嘔吐の原因ではなく、低アルブミン血症にも関係している可能性を考えました。

■診断

胸部X線検査、身体検査、嘔吐の経過から、誤嚥性肺炎が強く疑われました。

一方で、低アルブミン血症と胃腸の運動低下を認めたことから、「胃腸炎による嘔吐」とだけ判断して治療を終えるのではなく、その背景にある消化管疾患をさらに調べる必要があると判断しました。

そこで原因究明のため上部消化管内視鏡検査を実施しました。

内視鏡では、胃の幽門部粘膜に炎症がみられ、ところどころに点状内出血も確認されました。さらに十二指腸では、広範囲にわたる強い炎症とリンパ管の拡張が認められました。

写真:左:幽門部の炎症、右:リンパ管の拡張を伴う十二指腸を示す

胃および十二指腸から組織を採取して病理組織検査を行った結果、胃は慢性胃炎、十二指腸はリンパ球性―形質細胞性腸炎と診断されました。

写真:十二指腸の病理所見:粘膜固有層の間質が拡大して、形質細胞を主体とする慢性炎症細胞浸潤が多数認められる

■治療方針

今回の症例では、肺炎と消化管疾患の双方を治療する必要がありました。

まず、誤嚥性肺炎による呼吸器症状と、消化管疾患に伴う吐き気をコントロールすることを優先しました。同時に、低アルブミン血症を伴う消化管疾患に対しては、単に症状を抑えるだけでなく、腸管の炎症をコントロールし、栄養状態を維持することが重要と考えました。

犬の慢性腸症では、炎症性疾患などによって腸管から蛋白が失われる「蛋白漏出性腸症(PLE)」を伴うことがあります。PLEは疾患名そのものではなく、さまざまな消化管疾患によって生じる症候群であり、低アルブミン血症が重要な手掛かりになります。

■治療内容

治療には、消化管の炎症を抑えることを目的として免疫抑制剤を使用しました。また、吐き気を抑える制吐剤や、肺炎の治療を目的とした抗菌薬などを併用しました。

さらに、消化管への負担を考慮した食事療法も行いました。今回のように低アルブミン血症を伴う消化管疾患では、薬物療法だけでなく栄養管理も重要です。特に腸管リンパ系の異常を伴う場合には、脂肪制限を含めた食事管理が治療の重要な要素となることが知られています。

また、肺炎については呼吸状態を確認しながら治療を継続し、誤嚥の原因となった吐き気を抑えることも再発予防のために重要と考えました。

■経過

治療開始後、徐々に吐き気が落ち着き、肺炎の状態も改善しました。

写真:胸部X線写真 食道の拡張と肺炎は良化した。

現在は症状が安定しており、内服薬についても状態を確認しながら徐々に減らす方向で管理しています。

今回の症例では、咳という目立つ症状だけに注目するのではなく、消化管疾患と誤嚥性肺炎を一連の病態として捉えることで、治療すべき根本的な問題を明らかにすることができました。

■考察

この症例で特に重要だったのは、嘔吐と肺炎があるから、その原因は誤嚥によるものと早い段階で診断を完結させなかったことかと思います。

胸部X線では明らかな肺炎があり、嘔吐の既往もあったため、誤嚥性肺炎という判断自体は合理的です。しかし、血液検査で認められた低蛋白・低アルブミン血症は、単純な一過性の胃腸炎だけでは説明しにくい所見です。

アルブミンは肝臓で産生されるため、低アルブミン血症を認めた場合には、肝疾患、腎疾患、消化管からの蛋白喪失などを鑑別する必要があります。本症例では生化学検査や腹部画像検査などを組み合わせ、消化管疾患の存在をさらに疑って内視鏡検査へ進みました。

また、十二指腸に認められたリンパ管拡張は、腸管からの蛋白喪失と関連する重要な所見です。犬の蛋白漏出性腸症では、慢性腸炎や腸管リンパ管拡張症などが主要な原因となります。実際、低アルブミン血症を伴う慢性腸症では、腸絨毛の短縮や上皮障害、リンパ管拡張などの病理組織学的変化がより強く認められることが報告されています。

一方、今回の主訴であった咳については、消化管疾患そのものが直接肺炎を起こしたというより、消化管疾患による吐き気・嘔吐が二次性の食道拡張を引き起こし、その結果、誤嚥につながり、結果として肺炎を発症したと考えるのが適切です。誤嚥性肺炎では、嘔吐などの消化器症状を背景として発症することがあり、胸部X線検査や呼吸状態の評価が診断に重要です。

このように、臨床現場では「主訴=病気の原因の場所」とは限りません。今回も、最初に目立っていたのは肺の異常でしたが、診断を進めるうえで重要な手掛かりとなったのは血液検査で認められた低アルブミン血症でした。

写真:入院中の食事の様子。嘔吐を誘発しないよう立位での給餌を行い、食後もしばらく縦だっこで管理する。

一つひとつの検査結果を単独で評価するのではなく、問診、身体検査、血液検査、画像検査、内視鏡・病理検査をつなぎ合わせて考えることが、複雑な症例では特に重要です。

横浜旭どうぶつ医療センターでは、目の前に現れている症状だけでなく、「なぜこの症状が起きているのか」を考えながら、必要に応じて追加検査を組み合わせた診療を行っています。

よくある質問【FAQ】

Q1.犬が咳をしている場合、肺の病気と考えればよいですか?

必ずしもそうとは限りません。心臓病や気管・気管支の病気だけでなく、嘔吐物などを誤嚥することで肺炎を起こし、咳がみられる場合もあります。咳以外の症状や検査結果を含めて原因を調べることが重要です。

Q2.誤嚥性肺炎とはどのような病気ですか?

食べ物や胃内容物、唾液などが誤って気管や肺に入り、肺に炎症を起こす病気です。嘔吐や吐き気、嚥下機能の異常などがきっかけになる場合があります。

Q3.アルブミンが低いと言われました。何が原因ですか?

アルブミンの低下には、肝臓での産生低下、腎臓からの蛋白喪失、炎症、消化管からの蛋白喪失などさまざまな原因があります。血液検査だけで原因を特定できない場合には、尿検査や画像検査、消化管の検査などを組み合わせて調べます。

Q4.犬の慢性腸炎でアルブミンが低くなることはありますか?

あります。慢性的な腸の炎症やリンパ管の異常によって、腸管から蛋白が失われる「蛋白漏出性腸症」を起こす場合があります。低アルブミン血症は重要な手掛かりの一つです。

Q5.咳が続いている場合、どのような検査が必要ですか?

症状によって異なりますが、身体検査、胸部X線検査、血液検査などから始め、必要に応じて腹部超音波検査、内視鏡検査、CT検査、病理検査などを追加します。今回のように、呼吸器症状の背景に消化器疾患が隠れている場合もあります。